治療と検査開発

手術での抗菌薬の適正な使用法

当科では、泌尿器科手術における最適な感染防止法(抗菌薬過剰使用の回避)を探求してきました。
抗菌薬の投与期間・投与量を段階的に減量し、必要十分な投与量を設定しました。
それに伴い抗菌薬の副作用は減少し、医療費の削減につながり、結果として泌尿器科病棟では耐性菌の検出率が著しく低下しました。

従来、外科手術の際には、細菌感染症を予防するために抗菌薬が一定期間投与されてきました。抗菌薬の投与量・投与期間は科学的検証というよりも、外科医の経験に基づいて決められてきました。
過剰な抗菌薬の投与は耐性菌の発生を増加させ、日本は欧米に比べてきわめて耐性菌の多い国とされています。耐性菌は医療上の大きな課題となっており、抗菌薬不使用・減量のみが、有効な対応とされています。また、抗菌薬は薬剤性の肝機能障害や薬剤アレルギーなどの原因となり、不必要な抗菌薬を投与することは、医療経済にも大きな負担となります。

当科では、ミニマム創内視鏡下手術における「低侵襲」という概念には、必要最低限の抗菌薬の投与も含まれると考えております。最適な投与法を確立するために、同手術における感染症の発生率を検討の上、2001年から抗菌薬を段階的に減量してきました。また、感染防止のために、手術手技や周術期管理も検討してきました。

手術部位感染阻止対策の実際

1.感染危険因子の評価

感染の危険因子とされる、高齢、糖尿病、喫煙、肥満、栄養不良、免疫機能の低下、他の部位の感染症および全身の合併症をチェックします。その上で、手術創の清潔度、手術の規模に基づいて抗菌薬の種類・投与量・期間を決定します。

2.適正な抗菌薬投与法の設定

当科では、世界的なガイドライン(米国疾病予防管理センター、欧州泌尿器科学会)に基づき術式ごとに、段階的に抗菌薬の投与量を減量してきており、現在は感染リスクの小さな患者さんに対しては、原則として以下のような投与法を行っております。そして、この投与法により、手術部位感染が増加しないことを国内外の学会、学術論文にて報告してきました。

  1. ミニマム創内視鏡下・清潔手術(根治的腎摘除、腎部分切除、副腎摘除など)
    抗菌薬は投与せず、術後、感染の徴候があった場合にのみ投与を行います。

  2. ミニマム創内視鏡下・準清潔手術(前立腺全摘除、膀胱部分切除など)
    手術開始前に1回のみ抗菌薬の内服を行います。

  3. 腸管を開放する手術(膀胱全摘+回腸導管造設術など)
    手術開始前および手術中にのみ抗菌薬の点滴を行います。

  4. 経尿道的膀胱腫瘍切除術
    抗菌薬は投与せず、術後、感染の徴候があった場合に投与を行います。

  5. 前立腺立体生検
    検査開始時に、1回のみ抗菌薬の点滴を行います。

3.術中・術後の管理

ミニマム創内視鏡下手術は、対象となる臓器がかろうじて取り出せる創のみで行い、術中は、創内部へ手指を挿入しないことを徹底しております。それによって、手指や空気中から創内部へ持ち込まれる細菌が減少すると考えております。

手術終了の前に、創の内部を大量(2ℓ以上)の生理食塩水で十分に洗浄し、創は真皮埋没縫合を行い、抜糸も不要となっております。術後、感染の徴候を綿密にチェックし、必要と判断した場合には速やかに抗菌薬投与を行なうことで対応しております。
経尿道的膀胱腫瘍切除術では清潔操作を徹底し、処置後の尿路感染を減少させるべく尿道カテーテルの早期抜去を心がけております。

上記の投与方法で、手術部位感染は、国際基準からみても極めて低い発生率を実現しています(清潔手術:1%未満、準清潔手術:4%程度、経尿道的膀胱腫瘍切除術:3%程度、前立腺立体生検:1%未満)。感染を発症した患者さんは全員、追加の抗菌薬投与で速やかに軽快しております。

また、抗菌薬の段階的減量に合わせて、当院の泌尿器科病棟での薬剤耐性菌の検出率は著しく低下し、クリーンな病棟となっております。

業績

当教室の業績

  1. 田所 学,増田 均,奥野哲夫,他:ミニマム創・内視鏡下泌尿器手術における手術部位感染の臨床的検討.泌尿紀要 49, 721-725, 2003

  2. Yoshida S, Masuda H, Yokoyama M, et al: Absence of prophylactic antibiotics in minimum incision endoscopic urological surgery (MEUS) of adrenal and renal tumors. Int J Urol. 14: 384-387, 2007

  3. Sakura M, Kawakami S, Yoshida S, et al: Prospective comparative study of single dose versus 3-day administration of antimicrobial prophylaxis in minimum incision endoscopic radical prostatectomy. Int J Urol.15: 328-331, 2008

  4. Saito K, Yoshida S, Yokoyama M, et al: Absence of prophylactic antibiotics in minimum incision endoscopic surgery (MIES) of adrenal and renal tumour. Eur. Urol. Suppl. 7: 322, 2008

  5. Kobayashi T, Sakura M, Kawakami S, et al: prospective comparative study of single intravenous versus single oral administration of antimicrobial prophylaxis in minimum incision endoscopic radical prostatectomy. Eur. Urol. Suppl. 7: 322,2008

  6. Yokoyama M, Fujii Y, Yoshida S, Saito K, Koga F, Masuda H, Kobayashi T, Kawakami S, Kihara K. Discarding antimicrobial prophylaxis for transurethral resection of bladder tumor: a feasibility study. Int J Urol. 16:61-3, 2009.

  7. Suzuki M, Kawakami S, Asano T, Masuda H, Saito K, Koga F, Fujii Y, Kihara K. Safety of transperineal 14-core systematic prostate biopsy in diabetic men. Int J Urol. 16:930-5, 2009.

  8. 田所 学,増田 均,吉田宗一郎,砂倉瑞明,木原和徳:ミニマム創内視鏡下手術における手術部位感染対策.臨床泌尿器科 :137-42,2010

  9. 田所 学,吉田宗一郎,砂倉瑞明 他:ミニマム創内視鏡下清潔手術(根治的腎摘・副腎摘除)における予防的抗菌薬非投与/待機,第98回 日本泌尿器科学会総会 2010,盛岡