先進的な医療

4者併用膀胱温存療法(Tetramodal bladder preservation therapy: TeMT)

筋層浸潤膀胱がんの根治と機能的膀胱温存の両立

4者併用膀胱温存療法(TeMT)は、膀胱を温存することで生活の質(Quality of life: QoL)を高く維持するのみならず、これまでの膀胱温存療法の課題の一つである温存膀胱における浸潤がん再発を抑えることにより生存率を向上させる、画期的な治療法です。

当科は、本邦において以前より積極的に膀胱温存療法に取り組んで来たグループの一つであり、これまでに4者併用膀胱温存療法(TeMT)により120名以上の患者様を治療してきました。膀胱温存療法を成功させるために必要不可欠な、多くの経験がグループに蓄積されています。

筋層浸潤膀胱がんと診断された場合に、主治医から膀胱温存療法が選択肢として提案されない状況もあると考えられますが、そのような患者さんでも安全に膀胱を温存できる可能性があります。4者併用膀胱温存療法(TeMT)をご希望される方は、是非当科外来を受診して下さい。
https://tmdu.tokyo/medical/howto.html

はじめに:膀胱全摘除の課題

筋層浸潤膀胱がんに対する標準的根治療法は、膀胱全摘除です。世界中で広く施行されている確立した治療法ですが、同時に、膀胱に代わる尿の排泄経路を作成する尿路変向(回腸導管造設、自排尿型新膀胱造設など)が必要となり、手術後長期にわたるQoLの低下が問題となります。回腸導管造設後は、生涯にわたり、ストーマからの排尿管理のための装具を用いることとなります。新膀胱造設後には、自身の尿道から排尿することが可能である一方、排尿の困難や、夜間の失禁などに悩まされることが少なくありません。また、いずれの術式においても、通常、性機能は大きく損なわれます。さらに、膀胱全摘除は、身体への侵襲が比較的大きな手術であり、特にご高齢の患者さんでは、合併症のリスクの観点から、手術をお勧めできない場合があり、米国および日本の最近の報告では、筋層浸潤膀胱がんの患者さんのうち、実際に膀胱全摘除を施行されるのは全体で50%程度に過ぎないことが報告されています。

膀胱温存療法:4者併用療法と3者併用療法

このような背景の中、膀胱を摘出せずに筋層浸潤膀胱がんを治療する膀胱温存療法の試みが、複数の施設でなされてきました。中でも、➀経尿道的膀胱腫瘍切除と化学放射線療法(②抗がん剤および③放射線療法)を組み合わせた3者併用膀胱温存療法の有用性が数多く報告され、最新の米国のガイドラインでは、膀胱全摘除と並んで、筋層浸潤膀胱がんに対する標準治療の一つとして記載されています。

この3者併用膀胱温存療法の問題点は、10〜20%の患者さんで温存した膀胱に筋層浸潤がんが再発することです。再発した場合は膀胱全摘除が必要となりますが、がんの根治を目的とした常用量(計55-65Gy)の放射線治療にて組織が障害されているため、手術リスクが高くなり、手術の合併症、死亡率が増加すると報告されています。また筋層浸潤がんの再発は予後不良で、膀胱全摘除を行っても半数が死亡すると報告されています。なおこの筋層浸潤がんの再発は元々がんがあった部位に多いと報告されています。3者併用療法のもう1つの問題は、骨盤リンパ節再発が15〜20%程度と比較的高頻度に起こることです。これは3者併用療法ではリンパ節を摘除できないことが関係している可能性があります。

当科では、この3者併用療法の課題点を克服するために、元々筋層浸潤がんが合った部位を手術で切除する膀胱部分切除と、微小転移の可能性のある骨盤リンパ節の摘除(骨盤リンパ節郭清)を、治療の仕上げとして行う4者併用膀胱温存療法(Tetramodal bladder preservation therapy: TeMT)を、1990年代末より世界に先駆けて、開発・実践してきました。

対象となる患者さん

膀胱温存療法を安全に施行するためには、元々の膀胱がんの状態や治療への反応性に基づいて、対象となる患者さんを慎重に選ぶ必要があります。(すなわち、筋層浸潤がんの患者さん全てに施行出来るわけではありません。)根治性を損なわずに膀胱温存が可能と考えられる、腫瘍の範囲が比較的限局した筋層浸潤膀胱がんの患者さんを対象としています。

具体的な基準は
1 筋層浸潤膀胱がんであること
2 筋層浸潤がんが単発、かつ範囲が広範でないこと(膀胱全体の25%以内)
3 膀胱頚部(膀胱の出口)にがんが及んでいないこと
4 上皮内がんがないこと
としています。

以上に該当する患者さんに対して、経尿道的膀胱腫瘍切除(①)に続き、低用量の化学放射線療法(②③)を施行します。その治療効果を画像(主にMRI)と経尿道的生検の病理検査で評価して、
5 明らかな残存がんをみとめない場合、
治療の仕上げ(地固め)として、病変部(元々筋層浸潤がんがあった部位)を切除する手術(膀胱部分切除:④)を追加します。なお、この時点で筋層浸潤がんの残存を認めた場合には、膀胱全摘除が必要となります。 これらの基準を満たすことは非常に重要であり、筋層浸潤膀胱がん患者さん全体の3人に1人程度が、4者併用療法による膀胱温存の適応になります。

4者併用膀胱温存療法(TeMT)のプロトコール

それぞれのステップについて、以下で説明します(図参照)。

経尿道的膀胱腫瘍切除(①)

尿道から挿入した膀胱鏡観察下に、膀胱の内側からがんを切除する手術です。はじめに十分な経尿道的膀胱腫瘍切除を行うことで、可能な限りがんを減量します。また、正確ながんの深さの診断も、本手術の目的の一つです。

低用量化学放射線療法(②、③)

経尿道的に可能な限りがんを切除した後、抗がん剤投与(②)と放射線療法(③)を併用する化学放射線療法を施行します。低用量の抗がん剤(シスプラチン)を、抗腫瘍効果および放射線療法の増感を目的に使用します。放射線療法の照射線量も低用量(計40Gy)とすることで、放射線療法による副作用のリスクを低減し、その後の仕上げの治療としての、膀胱部分切除(もしくは膀胱全摘除)の安全性を損なわないようにしています。

膀胱部分切除(④)

その治療効果を画像(主にMRI)と経尿道的生検の病理検査で評価して、
5 明らかな残存がんをみとめない場合、
化学放射線療法を施行した後、画像検査、経尿道的生検の病理検査などにより治療効果を判定し、良好な治療効果(明らかな残存癌なし)が確認された患者さんに対して、最終的に膀胱部分切除および骨盤リンパ節郭清を施行します。これによって、元々筋層浸潤癌のあった部位での浸潤がん再発とリンパ節再発を、極めて低い頻度に抑えることに成功しています。また、手術で切除した組織を、病理学的に詳しく検査することで、化学放射線療法の治療効果をより正確に判定できることも利点の一つです。膀胱部分切除はミニマム創内視鏡下手術で行い、さらに、3D内視鏡と3Dヘッドマウントディスプレイを用いたロボサージャンシステムの活用、膀胱の内側から膀胱鏡観察下に切除ラインを設定すべく経尿道的操作を併用するハイブリッド手術の開発と、より低侵襲で精緻な手術を目指し、術式の洗練を進めています。 化学放射線療法の治療効果が不十分であった患者さんに対しては、原則とし、その時点で膀胱全摘除をお勧めしています。

4者併用膀胱療法(TeMT)の治療成績

1997年から2016年、312人の筋層浸潤膀胱がんの患者さんが当科を受診されました。うち154人の患者さんが最初の4つの基準を満たし、低用量化学放射線療法を施行されました。そのうち107人が膀胱部分切除を受け、4者併用療法(TeMT)を完遂されました。
 この107人についてですが、5年の筋層浸潤膀胱がんの非再発率は97%、疾患特異生存率(膀胱がんでの生存率)93%、全生存率91%と非常に良好な成績が得られました(図参照)。このように非常に低い筋層浸潤膀胱がんの再発率および高い生存率には、きちんとした患者さんの選択と、膀胱部分切除の施行が貢献しているものと考えられます。

温存した膀胱の機能もほとんどの患者さんで良好で、皆さん尿意があり、中央値で膀胱容量 350ml、夜間排尿2回と蓄尿機能(尿を貯める機能)は良好で、また残尿 25mlと排尿機能(尿を出す機能)も良好です。

また、手術後のQoL調査では、同年代の非がん患者さんとほぼ同等のQoLが維持されていることも確認されました。また、75歳以上の比較的ご高齢の患者さんにおいても、より若年の患者さんと比較して、上記の治療成績は同等でした。

膀胱全摘除および尿路変向後には、腎機能低下が多く認められることが知られておりますが、4者併用膀胱療法(TeMT)後には腎機能が保持されることも確認されております。

膀胱機能温存以外のメリット

4者併用膀胱温存療法(TeMT)には、膀胱全摘除+尿路変向と比較して膀胱機能温存以外にもメリットがあります。

第一に、身体への侵襲が軽いということが挙げられます。海外では、一流施設であっても膀胱全摘除後の感染症や腸閉塞などの合併症発生率は約60%に上り、90日以内の死亡率は約2%との報告があります。4者併用膀胱温存療法(TeMT)の仕上げとして行う膀胱部分切除では、合併症発生率は軽微なものを含め32%であり、90日以内に亡くなった方はいませんでした。したがって高齢者やフレイルな(脆弱な)方に対しても、若く比較的健康な方と同様に安全に治療を施行することができ、良好な成績が得られております。

第二に、性機能が温存されます。膀胱全摘除を受けた場合、男性では射精機能が必ず損なわれます。また、膀胱・前立腺に隣接して走行する勃起神経の機能が温存されなければ勃起機能も損なわれます。女性では膣壁の一部を合併切除することが多く、縫縮された膣腔が小さくなり術後性交に支障を来すことも少なくありません。4者併用膀胱温存療法(TeMT)後は、多くの男性では勃起・射精が治療前と同等に維持されます。女性では膣腔が保たれるため性交には支障を来さないものと考えられます。

第三に、腎機能が比較的良好に温存されます。膀胱全摘除後には尿路変向に伴う尿管の通過障害や、手術前後の抗がん化学療法の影響などから、腎機能が大きく低下する方が少なくありません。膀胱全摘除後には術後に腎機能が約20%低下するとされており、血液透析を要するような腎不全も約7%に発症するとも報告されています。4者併用膀胱温存療法(TeMT)後の腎機能の低下は約9%で、腎不全に至った方もおりません。膀胱がんが高齢者や喫煙者など腎機能が低下しやすい方に多いことを考慮すると、本治療後の腎機能は良好に保たれると言ってよいのではないかと考えます。

患者さんへのメッセージ

筋層浸潤がんの標準治療は、膀胱全摘除術+尿路変向です。しかし、上述したようにこの治療には大きな課題があり、特に高齢者や合併症のある患者さんではこの手術を施行できないことが少なくありません。また術後は大きなQOL低下があるため、「絶対に膀胱をとりたくない」という患者さんもいらっしゃるかと思います。そのような患者さんは膀胱温存療法を考慮されたらよいかと思います。

膀胱温存療法は、海外では標準的治療の一つとされておりますが、本邦では未だ広く受け入れられておらず、主治医より治療選択肢として提案されない状況も多いのではないかと考えられます。しかしながら、膀胱温存療法の治療経験の多い施設でご相談いただければ、安全に膀胱を温存でき、QOLをほとんど落とさずに生活できる可能性があります。

私たちの行っている4者併用膀胱温存療法においても、全ての筋層浸潤膀胱がんの患者さんが対象となるわけではありませんが、基準を満たした患者さんでは高い根治性、膀胱温存率が得られ、温存した膀胱の機能やQOLも良好です。ご希望される患者さんは是非私たち東京医科歯科大学 腎泌尿器外科(泌尿器科)を受診ください。お待ちしております。

なお、患者さんおよび医師向けwebサイトであるDoctorbookの取材を受け、膀胱がんに関する記事をアップしていただいています。
膀胱がん、特に筋層浸潤膀胱がんの治療が主な内容で、私たちの教室で開発、実践している4者併用膀胱温存療法について詳しく解説しています。
よろしければご覧ください。
なお患者さん、および医師向けサイトとも無料で閲覧できますが、医師向けサイトは会員登録が必要になります。

患者さん向けサイト
医師向けサイト

業績

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