先進的な医療

骨盤底再建手術 (ロボット支援腹腔鏡下仙骨腟固定術,TVM, TVT/TOT), ボツリヌストキシン膀胱壁内注入療法

骨盤内の臓器は、様々な筋肉や靭帯といった組織により支持されています。女性では、出産や加齢、体重増加の影響でその支持組織が弱くなることにより、膀胱・子宮・直腸などの臓器が腟から脱出する骨盤臓器脱が生じ、尿道の支持組織が弱くなると腹圧性尿失禁 (咳やくしゃみのとき、お腹に力を入れたときに尿が漏れる状態) が生じるようになると考えられています。

腹圧性尿失禁に対しては骨盤底筋訓練や薬物療法といった保存的治療が有効であることもありますが、それだけでは改善が得られないケースも多くあります。骨盤臓器脱に対しては、骨盤底筋訓練の予防効果は期待できますが、治療効果はあまり期待できません。骨盤臓器脱には有効な治療薬もありませんので、保存的治療としてはペッサリーリングの腟内挿入が主となります。しかし、これも常に腟内に異物があるため、腟壁に慢性の炎症が起こり、痛みが出たり、帯下 (おりもの) が増えるといった問題が生じることがあります。そこで、どちらの疾患に対しても、根治を目的とした外科的治療(手術)が以前より行われており、近年では、脆弱化した支持組織の代替となるメッシュを使用した手術が開発され、その低侵襲性や簡便性から本邦においても広く普及しました。当科でも2002年より腹圧性尿失禁に対する TVT (Tension-free Vaginal Tape) 手術を、2009年にはTOT (Trans-Obturator Tape) 手術を導入してきました。また、骨盤臓器脱に対しては2009年に TVM (Tension-free Vaginal Mesh) 手術を取り入れ、2018年には、合併症の少ない腹腔鏡下仙骨腟固定術を導入し、この女性泌尿器科分野に益々力を入れて日々診療をしています。2021年からはロボット支援腹腔鏡下仙骨腟固定術を開始し、より安全で良質な手術を提供できるようになりました。
受診を希望される方は、尿失禁・膀胱子宮脱専門外来(毎週金曜日午後)の予約を取得してください。

腹腔鏡下仙骨腟固定術(Laparoscopic SacroColpopexy: LSC), ロボット支援腹腔鏡下仙骨膣固定術(Robot-assisted laparoscopic SacroColpopexy: RSC)

骨盤臓器脱に対して行う手術です。本邦では2016年に保険収載された比較的新しい手術ですが、その高い有効性や安全性から、近年大きく脚光を浴びています。メッシュを使用して骨盤底を再建しますが、メッシュに関わる術後合併症が極めて少ないことが特徴です。また、本来、子宮脱や腟断端脱に対する手術でしたが、膀胱瘤や直腸瘤に対してもその有効性が報告されており、ほぼ全てのタイプの骨盤臓器脱が治療可能です。

一般的な腹腔鏡手術と同様に、腹部数カ所の小さな創から手術を行います。腟と膀胱および直腸との間を剥離し、腟前後のほぼ全長を覆うようにメッシュを留置します。そして、腟を本来の位置に戻したところでメッシュを仙骨に固定し、腹圧がかかっても腟が下垂しないようにします。一般的には子宮は部分切除(子宮上部切断)を行います。また、腟壁を切開しないため、術後の性交痛や違和感が少なく、腟の機能温存という点でも優れた手術といえます。一方で、麻酔は全身麻酔になるため、手術を受けるにあたってある程度の心肺機能を保持していること、重度の脳疾患・眼疾患などを併存していないことなどが必要です。また、LSCの術後は20-30%程度の症例で、腹圧性尿失禁の出現あるいは増悪がみられます。

RSCは、手術支援ロボットを用いてLSCを行うもので、2020年に保険収載されました。ロボット操作により骨盤深部の縫合もスムーズに行えることで、着実なメッシュの固定ができ、より安全で良質な手術を行えるようになりました。欧米と同様に本邦でも、今後、本手術が骨盤臓器脱の主流になるものと思われます。

これらの手術は体への負担は小さく痛みも軽微なので、手術翌日に歩行・食事を開始します。尿道カテーテルは術後1~2日目に抜去します。術後特に問題がなければ5日ほどで退院できます。

TVM (Tension-free Vaginal Mesh)

骨盤臓器脱に対して行う手術です。ここでは膀胱瘤に対して行う前方 TVM手術 (TVM-A) について解説します。膀胱瘤は膀胱を支える腟前壁の支持組織が弛緩することにより生じるので、ここを支持するために膀胱直下の腟前壁に切開をおき、そこに面状のメッシュを留置し、これを固定するための4本の脚を、閉鎖孔を通して両側大腿の付け根の内側の小さい切開創に導く手術です。これまで膀胱瘤に行われてきた腟壁形成術などの従来の手術では、比較的高率に再発することが問題とされてきましたが、この手術では5年程度の中期の成績では、再発率はかなり低いと報告されています。

TVM-A の術後には膀胱の形態が変わるため、排尿状態が変化することがしばしば見られます。30%程度の症例で腹圧性尿失禁の出現、あるいは増悪が認められます。逆に、もともと腹圧性尿失禁を合併している方の25%程度に失禁の改善が見られることもあります。また多量の残尿を伴い自己導尿を一時的に要するような排尿困難が出現することもあります。他の合併症としては術中に膀胱や尿管の損傷を認めたり、術後中・長期に腟壁や膀胱壁のびらんによるメッシュの露出・感染が認められることがあります(3-10%)。TVM手術は、これら合併症のリスクがあることから、近年、日本を含め世界的にも徐々に施行されなくなってきましたが、下半身麻酔かつ短時間で、高い治療効果が得られるという大きな利点を有しています。

この手術も体への負担は小さく痛みも比較的軽微なので、手術翌日に歩行・食事は開始できますが、尿道カテーテルは術後3~5日目に抜去します。術後特に問題がなければ7日ほどで退院できます。

NTR (Native Tissue Repair)

骨盤臓器脱に対して行う手術です。メッシュを使用しない骨盤臓器脱手術の総称で、メッシュが登場する以前から主に婦人科医を中心に行われてきたものです。数多くの術式がありますが、子宮全摘および腟断端挙上術、腟壁形成術、腟閉鎖術などが代表的です。当科では、直腸瘤に対する腟壁形成術や、超高齢・併存症多数・高度臓器脱などの患者さんに対して腟閉鎖術を行なっています。NTRは脆弱化した自己の組織を用いて再建することから、膀胱瘤に対する腟壁形成術のように、長期的には再発のリスクは高いといえます。しかしながら、メッシュを使用しないことでメッシュ関連合併症のリスクを避けることができるという大きな利点を有しています。

腟壁形成術および腟閉鎖術は、いずれも腟壁に切開をおき、余剰な組織を切除したのちに腟壁を縫い合わせます。通常、出血は少量で、下半身麻酔かつ短時間で治療が可能です。術後の痛みも軽微ですので、手術翌日に歩行・食事を開始できます。尿道カテーテルは術後1~2日目に抜去し、術後特に問題がなければ5日ほどで退院できます。

TVT (Tension-free Vaginal Tape) / TOT (Trans-Obturator Tape)

腹圧性尿失禁に対して行う手術です。尿道と腟前壁の間に、尿道を支持するためのメッシュのテープを挿入する手術です。このテープが膀胱と恥骨の間を通り、下腹部にかけて留置されるのがTVT (Tension-free Vaginal Tape) 手術で、閉鎖孔を経由し、大腿付け根の内側にかけて留置されるのが TOT (Trans-Obturator Tape) 手術です。当初、腹圧性尿失禁に対するメッシュ手術として1993年に TVT手術が開発されましたが、腸管損傷や大血管損傷などの合併症がわずかに起こることが報告されました。このような合併症を回避するため、2001年にTOT手術が考案されました。TOT 手術では前述の重大な合併症はまず起こらないと考えられますが、一方で、感覚神経の傷害によって、外陰部や大腿部の神経痛が遷延する合併症が認められることがあります。また、両手術とも一般的には5~10%程度の方に術後排尿困難が生じるとされており、一時的な自己導尿などの処置や、テープ調節のための再手術が必要となることがあります。また、人工物を留置する手術になりますので、感染を起こしたような場合にもテープを除去するための再手術が必要になる可能性もあります。両手術の長期成績を比較した最近の報告では、治療効果や合併症の頻度には両手術に統計学的な差がないことが報告されていす。当科では現在、患者さんの状態や失禁の原因・程度、同時に行う手術などに応じて、適宜両手術を使い分けています。

この手術による体への負担はかなり小さく、腟壁と下腹部、あるいは大腿に5mm程度の創が左右1か所ずつできるだけなので、痛みも軽く、通常は手術翌日に歩行・食事を開始し、尿道カテーテルも抜去し、術後特に問題なければ2~3日で退院できます。

ボツリヌストキシン膀胱壁内注入療法

薬物療法を行っても十分な改善の得られない難治性過活動膀胱などによる切迫性尿失禁に対して行う手術です。膀胱鏡を用いて膀胱壁に筋弛緩作用のあるボツリヌストキシンを注入することで、切迫性尿失禁をもたらす不意な膀胱の収縮を抑えます。15から30分程度で完了する手術で、比較的高い失禁改善効果が得られるとされています。本手術の効果は半年ほどで薄れてきますので、その場合には再度手術を行います。また、本手術後に排尿障害が強く出ることがあり、5%程度の方では自己導尿が必要となります。ただ、この排尿障害も時間とともに減弱しますので、数か月で自己導尿は離脱できます。

原則として、手術翌日に歩行・食事を開始し、尿道カテーテルも抜去し、排尿の状態が問題ないことを確認できれば、その翌日(術後2日目)に退院となります。

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